• Meiji-Taïsho

     

    https://yeshua.hatenablog.com/entry/2019/03/27/104802

    * 聖書は日本語に影響を与えている

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    日本人のクリスチャンは、とても少ない。人口の、約0.4~1%(40万人~100万人)がクリスチャンだと言われている。これは、世界でもかなり少ない水準である。しかし、多くの日本人が、知らず知らずのうちに、聖書が語源の言葉を使っている。神、天使、悪魔、愛、教会、などなど・・・実は元々日本語にはなかった単語が、聖書翻訳の過程で生み出されていったのである。そして、それらの単語は、現在、自然な形で日本人の会話、文章の中に定着している。聖書は、日本語に多大な影響を与えているのである。

     さて、この翻訳の過程で、日本人の翻訳者たちが参考にしたのが、中国語の聖書だ。中国語の影響を語らずして、日本語の聖書翻訳は語れない。聖書が初めて日本語に翻訳されたのは、江戸末期~明治時代と言われている。その時代の知識層の人々にとって、「漢文」をマスターするのは必須条件だった。つまり、当時のエリートたちは、中国語ができたのである。だから、聖書を翻訳する際に、彼らが中国語の影響を強く受けていたのは間違いない。

    実は、この中国語の「聖書用語」が、日本語になった際に、そのニュアンスを分かりづらくしてしまっている原因なのである。日本人が聖書を読んでもピンと来ないのは、中国語の影響による翻訳ミスが大きな原因のひとつなのだ。聖書が語っている本来の意味から、ニュアンスのズレが生じているのである。今回は、簡潔に聖書の翻訳過程をまとめ、特に齟齬が大きいと思われる「聖書用語」を3つ紹介する。

     なお、今回の記事を書くにあたり、いくつかの本を参考にした(記事最後を参照)。今回の記事は、これらの書籍をベースにした、私の個人的意見であることをご留意願いたい。尚、聖書の翻訳課程はものすごく細かい経緯があり、それだけで何冊も本が書けてしまうほどだ。今回は、その中核だけを抜き出し、要約した「入門編」だとご理解いただきたい。

     

    聖書はどのように翻訳されたのか

     

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    La première traduction complète de la Bible en japonais fut la « Version originale Meiji » (*ci-après dénommée « Traduction Meiji »).  La partie Nouveau Testament de la traduction Meiji a été achevée en 1879 et la partie Ancien Testament a été achevée en 1887. Il s'agit de la première traduction japonaise complète de l'ancienne et de la nouvelle BibleAvant cela, à partir des années 1830, les missionnaires et les Japonais de Singapour et de Taiwan avaient traduit des parties des Évangiles, mais seulement des parties, et elles n'avaient pas été traduites en chinois ou en portugais 

    La traduction Meiji a été améliorée dans un japonais plus familier au cours de la période Taisho. C'est la traduction Taisho . 

    La « traduction Taisho » était très populaire et est encore utilisée aujourd'hui comme « traduction littéraire » de la Bible. 

    Cette « traduction Meiji-Taïsho » est la base de la Bible japonaise

     日本語で最初の本格的に翻訳された聖書は、「明治元訳」である(※以後、「明治訳」と記載する)。「明治訳」は、新約聖書部分が1879年に完成し、1887年に旧約聖書部分が完成した。これが、初めての日本語の完全な新旧訳聖書である。その前にも、1830年代から、シンガポールや台湾にいた宣教師や日本人たちが、部分的に福音書を翻訳してはいたのたが、一部分のみであったし、中国語やポルトガル語に翻訳された聖書を、再度日本語にするといった類のものであった。

     明治訳が、大正時代に入り、より身近な日本語に改善された。これが「大正訳」。「大正訳」はたいへん評判が良く、今の「文語訳」と呼ばれる聖書として今でも使用されている。この「明治・大正訳」が日本語の聖書のベースとなっている。

    日本語に与えた聖書語の骨格は「明治元訳」で形成され、「大正改訳」でほぼ定まったということができる。

    (鈴木範久「聖書の日本語」p.175)

     戦後、この聖書の見直しがなされ、「明治・大正訳」をより現代的な表現に直したものが「口語訳聖書」である(※詳しくは後述)。その後、1978年に、カトリックとプロテスタントが共同で翻訳し、発行したのが「共同訳」だ。「共同訳」は1987年に改良が加えられ、「新共同訳聖書」となった。「新共同訳聖書」は現在、最もメジャーな日本語訳といっていいだろう。

     

     一方、プロテスタントの「福音派」と呼ばれるグループは、1960年代に翻訳委員会(新改訳聖書刊行会)を設立。本格的に聖書翻訳をやり直し、1970年に発行したのが「新改訳聖書」である。「福音派」グループのほとんどは、この翻訳を用いている。「新改訳聖書」はその後、2版、3版と翻訳を繰り返し、2017年には「新改訳聖書2017」が刊行された。

     

     「共同訳」側も、近年、新しい翻訳を行った。それまでは各章ごとに翻訳者がバラバラだった「新共同訳聖書」を改め、統一された翻訳委員会が再翻訳を試み、2018年冬に「聖書協会共同訳」を出版した。私は、最近この翻訳を主に読んでいるが、「新共同訳聖書」と比べると、かなりの改善が見られ、また解説や注釈も手厚く、重宝している。

     

     まとめると、日本語の聖書は江戸~明治時代に、西洋の宣教師の知識的、金銭的援助を受けながら成立した「明治訳」がベースとなっている。その翻訳過程において、中国語の聖書用語による影響が色濃く残っているのは、異論のない事実である。この四半世紀でかなりの翻訳がなされているといえ、「愛」「神」「教会」などの聖書用語は、そのまま明治時代の翻訳を踏襲している。それらの用語は、既に一般の日本語として定着してしまっており、もはや再定義は不可能に近いが、実はこの「聖書用語のニュアンスのズレ」が、日本人が聖書を読む際に、非常に大きな障壁となっているのである。では、なぜそのような「ズレ」が生じてしまったのか、見ていこう。


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